2012年04月25日

自虐の詩「感動は語りえない」賢者集まり答え出ず IN BSマンガ夜話

店主も教祖にして伝道師・呉智英夫子に折伏された「自虐の詩」真理教信者の一人です。
マンガ狂につける薬


このマンガがすごい―83ジャンル1000作品を厳選紹介 (別冊宝島 (257))

この二冊を漫画の大海を渡る羅針盤に買っては読み買っては読み・・・
長い迷走の末、気が付いた頃には古本屋に。取り返しの付かないことになっていました。
(まだ迷走が終わってない気がするのが実に微妙です)
ちなみに店主をこの世界に引き入れたこの二冊は初版で持っており、読み込みすぎてボロボロです。

呉智英夫子を導かれし者としては当然の如く、映画化で知った人よりはかなり早い段階で「自虐の詩」は読んでいます。


初めて読んだときはそりゃあもう、ダダ泣きですよ。涙が滝のよう。
導きを受け奇跡を目の当たりにした信者の義務として、布教は欠かせません。
しかし、自分としてはそうしたいのだけども、あまりできない。
それは何故か?

この作品、極めて語りづらいのです。

「自虐の詩」は確かに泣けます。泣ける作品としては最強の部類。これは事実だけど、それじゃ余りにも安い。
さまざまな人々が織り成す「四コマ大河人生劇場」なんて言い方もできるけど、これも安すぎる。
この作品の持つ質量と熱量はとてつもなく巨大で、その手の俗っぽさを拒否する何かがあります。
じゃあ、哲学マンガ?
確かに、クライマックスにおいて宗教的とも言えるような「生に対するある断定と決断」へ5年に及ぶ連載は一気に!そして見事に!収斂されていきます。
仮にここにその「断定と決断」とやらを文字起こししたとしても、伝わるものは皆無でしょう。
哲学マンガでは収まらない。
じゃあ、読んだ人にしか経験できないあの滂沱の涙はいったい何?

BSマンガ夜話「自虐の詩」


ある日、見つけたYOU TUBEです。
開祖 呉智英夫子が出演しているじゃないですか、大月隆寛さん、いしかわじゅんさん、夢枕獏さん、そして、若かりし日の岡田斗司夫さんまで!名立たる賢者の皆さんです。
「これは! オレが知りたかったこと。『自虐の詩』は何故ゆえにあれほどまでに感動するのか? 謎が解けるのではないのか?!」
インターネットって便利ものですね。

ドキドキしながら見てたんですが、あれ一向に・・・
それどころか岡田斗司夫さんなんかはのっけから「いいのは分かるんだけど、どう薦めればいいのか分からない」を連呼。
呉智英夫子をはじめとするおっさんどもは「あの場面がいい!、この場面がいい!」と盛り上るばかり。
本質論が全然皆無!
「これじゃ、何もわからねぇ・・・」と思いつつでも、店主はちょっと安心しました。
大いなる感動、それ自体は事実。でも、それが自虐の詩の何に起因するか? それはみんな分からないようです。
「オレだけじゃなかった!」

でも、ヒントとなるようなことは岡田斗司夫さんからいただけました。
曰く「渦中にいる人は感動できない」
「嗚呼、そう!」
みんな、母親から生まれてきた。最初の瞬間は祝福されてこの世に生まれてきた。なのに、嗚呼、何故に?

続く(と思う)
posted by キタハラ at 18:20| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月17日

チェルノブイリハート「ひとつの未来の可能性として」



幸運にも?、福島第一の場合は偏西風の影響で多くが太平洋に流れたので
(世界にとっては不幸にも?)
同じ様な事態になるかは店主ごときには分かりませんが
福島を中心とする高濃度汚染地域の未来の可能性のひとつとして見ておくべき映画だと思います。

チェルノブイリ原子力発電所事故による放射能障害によって子どもたちがチェルノブイリハートと言われる未知の心臓疾患、身体障害や発達障害に苦しむ様子を追ったドキュメントです。

かなりショッキングな映像が続くのですが、店主が注目したポイントは高濃度汚染地域からはずされたはずの地域で生まれた子どもが放置すれば死に至る重度の心臓疾患にかかっていたこと、そして政府から保障が支給されていたものの、途中からストップされていたことです。

保障はこの国でもすでに問題になってますね。
製作が2003年でチェルノブイリが1986年ですから、今後の推移を見守り続ける上でも重要な作品だと思います。

GYAO STOREで地味に公開中です。
http://streaming.yahoo.co.jp/p/y/00908/v12094/

時間は45分で、TVサイズの作品です。
テレビ放映した方が良いかと店主は思うのですが、どこもしないようですね。
さすがは大本営発表がお国柄。

GYAO STOREは何故か「100,000年後の安全」を震災直後からずっと配信中です。
http://streaming.yahoo.co.jp/p/y/00908/v12028/

店主はこの映画で絶対脱原発派になりました。
地球が爆発しても絶対安全安心な原発建造技術が確立されても反対です。
何故ならば、核廃棄物の処理技術が確立されていないからです。
そのためにフィンランドは「100,000後の安全」の確保というSFチックな議論を元にどんな途方もない努力が展開されているのか・・・
ちなみに10万年前というのはクロマニヨン人とかネアンデルタール人とかが生きていた時代です。
20万年前に生まれた現生人類が生誕の地アフリカをやっと出たころでもあります。
posted by キタハラ at 17:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月09日

南直哉和尚動画集★負わされることによって自己は立ち上がる★生に根拠は欠けている

自己であることは負わされている。
肉体もそうでしょ。命名という行為によって社会的自己も負わされる。
負わされるということによって立ち上がるんです、我々は。
誰か受け取る主体がまずあって「この名前でいいですよ、この肉体でいいですよ」というわけじゃないじゃないですか。


宮崎哲弥さんとの対談「『恐山の禅僧』に日本社会の現代を問う」での南直哉和尚の発言です。

店主風に意訳するとこう。
「自己は負わされることによって立ち上がる。肉体は父母から負わされ、命名により社会的自己が負わされる。負わされるということによって、はじめて自己は立ち上がる。まず『決断』(自己決定)があるのではない。(現)存在(=現に今ここで生きていること)は一切に先立っている、しかも、他者由来の事態なのだ」

店主は非常なる衝撃を受けました。
「ああ、そう、きっとそうだ。私にとって自己と世界とはきっとそういうことだ」

当時、参加していた読書会でハイデカーの「存在と時間」を勉強していたのですが
(嫌がらせのように難しいです、はい)
その中に出てくる「被投性の無性」の概念に店主は異常に惹かれました。
(それであの異常に分かりづらくて有名な、文章がへたくそで面倒くさく、他人に分からせようとする気が一切ない本を一年かけて読破しました)

「生きていることにはそもそも根拠が欠けている」

店主は言葉によって人が変わることなんか絶対ないと確信していたのですが、その確信は完全に覆りました。

南直哉和尚の著作はほとんど読み、仏教の経典の類も読むようになりました。
仏教というと輪廻転生や葬式、やたらと虚無的というイメージですが、経典を直に読んでいくといろいろ違うことが分かります。

以下、こんな時代だし、生きてることがわけ分からない店主(と店主のようなあなた)のための動画集です。


店主が衝撃を受けた動画です!


宮崎哲弥さんとの対談第二弾


永平寺修行時代の和尚が登場します


土屋アンナさんと和尚

南直哉×茂木健一郎対談
http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2005/06/post_dff3.html
動画ではありません。茂木健一郎のファンの方?が対談をMP3でアップしています。店主はもちろんダウンロードして擦り切れるほど聞いてます(アップしてくれた方には感謝が絶えません)。

恐山あれこれ日記
http://indai.blog.ocn.ne.jp/osorezan/
和尚のブログです。

和尚は月一で「仏教・私流」という講義を開催しています。上記のブログで日程をお知らせしています。
神田忠さんというお弟子さんがいるのですがWebコンサルティングをやってらっしゃるのに「何故講義を配信してくれないのか」と不思議でたまらなかったのですが、最近実際行ってみて理由が分かりました。
ネットで配信するには危なすぎるのだと思います。四方八方、時には自陣にまでミサイルを発射しています。しかし、とってもスリリングで面白いです。
現在は日本仏教史最澄編です。和尚流の自我に骨絡みの仏教史を展開中です。

posted by キタハラ at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする